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大阪高等裁判所 昭和33年(う)942号 判決

控訴人 原審弁護人 林三夫

被告人 青柳保

検察官 志賀親雄

主文

原判決中被告人青柳保に関する部分を破棄する。

被告人を懲役弐月に処する。

訴訟費用中原審証人三原悦朗、岡本康宏、中田善久(但し昭和三三年二月二七日の分)、藤原薫、井口裕弘、竹田実、大野勝弘、田口吾郎、角田豊四郎(但し以上両名については同年三月一八日の分)に支給した分は、被告人及び原審相被告人井川忠夫の連帯負担とし、当審証人井口裕弘、三原悦朗、岡本康宏、大野勝弘、中田善久に支給した分は被告人の単独負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人林三夫の提出に係る控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について、

所論は要するに、(一) 原判決挙示の各証拠を綜合してみても、出井某を関税法違反の現行犯と認めるに足る確証がないのみならず、神戸税関職員大野勝弘外四名が出井某を逮捕並びに身柄を連行する職務権限を持つているかどうかを確認し得るに足る証拠もないから、原判決が漫然公務執行妨害罪の成立を認めたのは、重大な事実の誤認を犯しているものであり、(二) 原判示第二事実につき原審公廷に証人として出廷した三原悦朗は被告人に首を絞めつけられたというようなことは全然供述しておらないし、却て中田善久、井口裕弘の各証言によれば、首を絞めつけられたのは三原ではなく、中田であることが推認せられるに拘らず、原審が被告人の三原に対する暴行行為を認定したのは、明らかに事実の誤認を犯しているものである、というにある。

よつて先ず論旨(一)につき按ずるに、原判決挙示の関係証拠を総合し、これに当審でなした検証の結果、当審証人岡本康宏、大野勝弘、三原悦朗の各証言を参酌するときは、神戸税関職員大野勝弘外四名は昭和三二年一一月一四日神戸港第四突堤にけい留中のオランダ船ルイス号船内において出井某の所持品を検査したところ、船陸交通違反(関税法第二四条第二項)の現行犯であることを認め、(神戸税関監視部長の命により内部的に実施せられている職務分掌規程によれば、税関職員が関税犯則違反の現行犯を認めたときは、現行犯逮捕のため税関審理課に犯人の同行を求め、引渡することになつている)右大野勝弘らは右出井某に対し税関審理課まで同行を求め、税関職員三原悦朗において同人の腕を組み、爾余の税関職員が相前後して同人を囲み連行中、被告人は原審相被告人井川忠夫外数名と共謀の上、原判示日時場所においてこれを妨害しようと企て、犯人を連行中の右税関職員の一団中に流れ込み、原判示の如き暴行を加えた事実を認め得るところであつて、原判決第一事実の判示は措辞簡にして明確を欠くのそしりは免れないけれども、右認定の如き事実の判示としてこれを認め得られないこともない。

而して原判決は被告人らの右暴行は神戸税関職員大野勝弘外四名の職務の執行を妨害したものに該るとするのであるが、関税法第一一九条乃至第一三六条の諸規定によれば、税関職員が関税法上の犯則事件の調査のため必要があるときは、犯則嫌疑者若しくは参考人に対し出頭を求め、その他質問、検査、領置、一定の制限の下における臨検、捜索、若しくは差押等の処分をなす権限を有していることは認められるけれども、税関職員が職務上犯則事件の現行犯人を逮捕する権限を認められた規定はこれを発見できないのである。しかし現行犯人は何人でもこれを逮捕することができるのであるから(刑事訴訟法第二一三条参照)、税関職員と雖も現行犯人を発見したときは、私人の資格においてこれを逮捕できることは論を俟たないところである。けれどもこの私人の資格において逮捕する者がたまたま公務員の身分を有するからとて、これを目して公務員の職務の執行に該るものとは到底認められないし、又神戸税関監視部長の命により内部的に実施せられている職務分掌規程中に税関職員が犯則事件の現行犯を認めたときは、犯人に対し同行を求め得る定めがありとするも、これは採つて以つて公務員の法令上の職務の根拠とも解し得られないのである。即ち、関税法第一一九条によれば成る程税関職員が犯則事件の調査のため必要があるときは、犯則嫌疑者に対し出頭を求めることができることにはなつているけれども、この所謂出頭を求めるの方法として犯則現行犯人に対し税関職員が同行を求めることもできるものと解することは関税法が警察官職務執行法第二条第二頂の如き特別の規定を設けていない趣意に鑑み不当であり、その他犯則現行犯人に対し同行を求めることが法令上認められた根拠は遂に見当らない。さすれば神戸税関監視部長の命により内部的に実施せられている職務分掌規程中犯則違反の現行犯に対し同行を求め得ることを定めたことは何等法令上の根拠に基ずくものではなく、いやしくも、犯則現行犯人に対しその身体の自由を拘束するに足るものと認めざるを得ないような方法で同行を求める権限を法令上の根拠によることなく、一税関監視部長の命により内部的に実施せられている職務分掌規程により認めるが如きことは、基本的人権を保障している憲法の精神に照し到底許容し得られないところである。もとより犯則現行犯人が税関職員から同行を求められ、何等の拘束を受けることなく、何時でも自由に拒否し、退去し得る、全くの自由意思に基き同行に応ずるが如き場合は、税関職員のこの同行を求める行為を以つて敢て違法とは目し得られないけれども、これが違法でないからとて、直ちに税関職員に同行を求める法令上の職務権限があるものとは認められないのみならず、本件は任意の同行の範囲を逸脱し、半ば強制的に連行した場合に該るから、公務員の職務の執行に当らないことは明自である。然らば即ち、原判決が被告人の前記認定の行為を公務執行妨害罪に該るものと認定したのは、明らかに法律の適用を誤つた違法があり、原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

次に論旨(二)につき按ずるに、原判決挙示の関係証拠を総合し、これに当審証人三原悦朗の証言を参酌するときは、優に原判示第二事実を認めるに足り、所論に鑑み、記録を精査するも、原判決の右認定に誤りがあると思料すべき事由は竟に発見できないから、所論は採用できない。論旨は理由がない。

よつて弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三八〇条、第三九七条第四〇〇条但書の規定に従い次のとおり判決する。

一、罪となるべき事実

第一、被告人は原審相被告人井川忠夫外数名と共謀の上、昭和三二年一一月一四日午前一〇時半頃、神戸市葺合区新港町神戸港内第四突堤先端、O、Q保税上屋附近において、神戸税関職員大野勝弘、岡本康宏、三原悦朗、竹田実及び中田善久の行う関税法違反現行犯人出井某を逮捕するための身柄連行を妨害しようと企て、犯人と同行中の右税関職員の一団中に流れ込み、原審相被告人井川において、右岡本の前に立ちはだかり、同人の手及び着衣の袖をつかんで引つ張つたり、右竹田の身体に組みついたりし、被告人青柳において、右中田の首を絞めつけて後へ引き倒したりなどして、それぞれ暴行を加え

第二、被告人は右日時頃、前記場所附近において、神戸税関職員角田豊四郎がたまたま被告人らを撮影したことを発見するや、その写真が右犯行の証拠となることをおそれ、何んで写真をとるのやなどと申しせまり、同人の首を絞めつけ、さらに同人から写真機をうけ取つた右三原悦朗の首を絞めつけ、あるいは其の場にかけつけた神戸税関職員井口裕弘の顔面、胸部等を素手で殴打する等それぞれ暴行を加えた

ものである。

二、累犯となるべき前科

被告人は昭和二六年七月一八日若松簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月(六月に減軽)三年間(二年三月に短縮)刑の執行猶予の判決を受け、(執行猶予取消)、昭和二七年一〇月三一日山口地方裁判所下関支部において、詐欺たばこ専売法違反の罪により懲役一〇月に処せられ、当時何れもその執行をうけ終つたものである。

三、証拠の標目

原判決挙示のとおりであるから、これを引用する。

四、法律の適用

被告人の判示各所為は、何れも刑法二〇八条(判示第一の所為については更に刑法第六〇条)に該当するから、所定刑中各懲役刑を選択し、被告人には前示前科があるから刑法第五六条第五七条を適用して各累犯の加重をなし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから刑法第四七条本文第一〇条に則り重き右判示第二の井口裕弘に対する暴行罪の刑に法定の加重を施した刑期範囲内において被告人を懲役二月に処し、なお、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に従い被告人に対し主文のとおり訴訟費用の負担を命ずることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 本間末吉)

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